2017年06月26日(月) 

一人の人生が終わった--それはもう一人の人生の始まりなのか。


明治気質の厳しい姑に、嫁は30年仕えた。


農家に嫁いだ女には、仕事の何もかもが初めてだった。
夫は長距離バスの運転手、嫁は姑と二人きり、家と畑を守った。

 

農家の朝は早い。朝も暗く4時には起きて畑に出る。
炎天下も雨も関係なく、働き詰めの日々--遊びというものはない。
女はひたすら働いていれば良い、そんな姑だった。
働き尽くしてやっと食い扶持にありつける、そんな明治の人だったから。

嫁は自分から休みたいとは言い出せない。
どんなに疲れていても、姑が休むと言ってようやく休めた。
昼は姑の食事の準備、そして夕飯の下準備、
その合間を縫って自分の飯を食えば、すぐに午後の仕事が始まった。
あたりがすっかり暗くなって、ようやく農作業は終わる。
疲れ切り、幼子に乳をやりながら寝てしまう、そしてたちまち、また朝になった。

 

 

嫁いでからは実家の母親に電話もできなかった。
母も娘に電話をかけてやれなかった--電話が鳴れば姑が近くで耳をそばだてている。
携帯メールもない時代、たった一つの黒電話に触れることはできなかった。

そんな実家の母親も数年前に亡くなった。
「嫁ぐ前にいっしょに旅行に行けたのが、せめてもの親孝行だよ」
嫁は涙を浮かべながら笑った。

 

 

30年の時を経て高齢の姑は入院した。
運転免許のない嫁は30分かけて自転車で駅へ、
そこから1時間かけて電車で姑の病院へ通った。

それでも嫁は安堵の顔で笑みを浮かべる。
「いまはこうして好きな花に囲まれているだけで幸せなんだよ」

やがて姑が亡くなった。
葬儀を終え、初七日、ふた七日が過ぎた。

嫁の心には、ぽっかり穴が空いているようだった。
あれほど待ち望んだはずの「自由」なのに。

姑と過ごした30年。
いま、これから、本当の自分の時間。

そこには姑も母親もいない。
花だけが、かわりなく今年も庭に咲いている。

 

 

 

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今日は鉢植えを作ってみました。


黄色の花「ルドベキア」を見ると、

むかし仕事でお邪魔した農家の奥さんを思い出します。

 

その家のおばあさんが亡くなったとのこと。
「お嫁さん」はワタシに訥々と自分の半生を語り出しました。
いままで誰にも言えずに胸の奥底に仕舞い込んでいたのでしょう。

 

花にかこまれた長閑な風景--隣の家の芝生は青く見える。
けれども、誰もが背負っているものがあるのかもしれない。
これからのお母さんの人生に幸多からんことを祈ってやまない、
そんな一日でありました。

本当にいまの時代は恵まれていますね。


閲覧数304 カテゴリアルバム コメント0 投稿日時2017/06/26 15:40
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